高齢者のうつ病は、加齢に伴う脳の機能変化に加え、身体疾患や環境の変化を契機に発症します。脳疾患、腰痛などの慢性疼痛、がんなどの身体疾患の罹患、仕事からの引退、転居、子どもの独立、配偶者や親しい人との死別、財産の消失など、きっかけとなる出来事はさまざまです。
きっかけとなりやすい出来事には、たとえば次のようなものがあります。
・定年退職したが、することがない
・子どもが独立して夫婦だけの生活になった
・配偶者を亡くした
・可愛がっていたペットが亡くなった
・長期間、入院・通院を続けているのに、よくならない
・転倒して腰痛・膝痛が出現してから、外出しなくなった
・脳卒中にかかり、後遺症が残った
・親戚とトラブルになっている
こうしたきっかけによっては、本人も周りも「気分が塞ぎ込んでしまうのも当然」と思ってしまい、うつ病と気づかないこともあります。また、脳血管性病変が関与する「血管性うつ病」も多く、身体疾患が背景にあるケースも少なくありません。症状を放置すると、認知症の進行、寝たきり、活動量の低下といった精神的・身体的にマイナスの悪循環を招くため、早期の治療開始が重要です。
高齢者のうつ病は、心の病気としての認識がうすく、めまい・しびれ・耳鳴り・頭痛・腰痛・胃部不快感・頻尿・便秘・口内異常感覚といった身体の不調や、不眠・食欲不振・倦怠感・脱力感など身体症状を訴えることが多いのが特徴です。また、不安や焦燥感が強く落ち着きがなくなったり、一方でぼんやりしていたりと、認知症のような症状を表すこともあります(認知症外来を受診する患者の5人に1人はうつ病性障害という報告もあります)。
当院では、こうした特徴を踏まえて、気分症状だけでなく、身体症状・認知機能・生活背景・ご家族から見たご様子まで含めて総合的に評価します。認知症との鑑別、身体疾患の影響評価を丁寧に行い、必要に応じて内科・神経内科などとも連携します。
高齢者のうつ病も、薬物療法と休養が治療の基本です。一進一退を繰り返しながらの回復になりますが、適切な治療を続けることで治る病気です。当院では、スタンダード(標準)なガイドラインに基づいた治療を、患者さまの年齢・体調に合わせて慎重に提供します。
同じ薬を処方しても、若年者と高齢の患者さまでは体内での作用・副作用の出方が異なります。当院では、患者さまの体格・健康状態・併存している身体疾患などに応じて、抗うつ薬の種類や量を慎重に微調整しながら処方します。少量から開始し、経過を見ながら最適化していくことで、安全に治療を進めます。
うつ状態が回復してきたら、薬物療法とともに、周囲の人々とのつながりなど環境を整えることが大切になります。デイサービスなど定期的な交流の場をもつことで、孤独な時間を減らし、適度な精神的・身体的刺激を加えていくことが、本来持っていた力や自尊心の回復のきっかけになります。睡眠・栄養・運動といった生活習慣の見直しも、回復を支える重要な要素です。また、慢性疼痛・視覚障害・聴覚障害といった身体的な治療や、健康管理の支援を並行して行うことも、回復の鍵となります。
症状が改善した後も、再発予防のための定期的な受診を継続します。完治を急がず、穏やかな日常を維持できる状態を一緒に目指していきます。福祉サービスそのものだけでなく、「支援を受けられる場所がある」「相談できる窓口がある」という安心感も、高齢者のうつ病予防には大切な要素です。ご本人とご家族の双方が安心して過ごせるよう、長期的な視点でサポートを続けます。